今まで私が仕事に使ってきた木は、広葉樹が多いです。印象に残った木について、背景もふくめてお話しましょう。
大昔の話ですが、三内丸山遺跡(縄文前期~中期、今から約6,000~4,000前)の頃から、栗は食料だけではなく木材によく使われてきました。
ところで、樹木は板にして使用されることが多いと思われますが、ノコギリなどの刃物ない時代は一体どうしていたのでしょうか?(日本にノコギリが伝わったのは、およそ古墳時代頃で、さらに板を作るノコギリは室町時代頃ともいわれます。)石斧じゃ、どうしたって板にはできませんね…
が、ギコギコと鋸で引かなくても、割って板を作る方法があります。木口にくさびを打ち何度も割っていけば板が取れます。割裂(かつれつ)性とは特定の力により物が繊維方向にそって裂ける性質ですが、栗は特に割裂性が良く割りやすい木なので、鉄器のない古代の人々にはさぞかし使い勝手が良かったことでしょう。
ところで、木材を割って板にしたものをへぎ板と呼びますが、私は子供の時に木曽でへぎ板葺きの屋根をよく見かけました。それは割った栗材で葺いた屋根で「トントン葺き」と呼ばれていました。まぁ生活必需品のようなものですから、周りの大人たちは庭先などでごく当たり前にへぎ板を作っていました。考えてみればはるか古の技法が今まで残っているのは、板を取るのに簡単で便利な方法だったからなのでしょう。また、必ずしも栗材だけではありませんが、私も仕事に応じてへぎ板を作り作品に生かしています。
そして、栗は水に強く腐りにくいので鉄道の枕木に使われました。また木目は緻密でサクッと独特の風合いがありお茶人に好まれます。注文の多い栗材では、私もだいぶ仕事をしてきました。
ツタは針葉樹でも広葉樹でもなく、日本列島に広く分布するブドウ科のつる性植物です(多年生であり茎が木質化し幹になっていきます。なお、ツタの幹には年輪がありません)。樹木に伝って育つことから、ツタの名がついたと言われます。ツタはつるを伸ばし樹木に絡み要領よく光の当たる高所にたどり着き、葉を広げて成長していきます。
よって、茎を自立させることにエネルギーをさかない植物なので、人が加工できるほどの幹に育ったツタにはなかなかお目にかかれません。(調べてみましたが、上に伸びていく速さの記述があるだけで、幹の育つ速さは全く不明でした。)
この貴重さを分かっていたのでしょう。昔から仕事場の片隅には、祖父か父が残してくれた直径20㎝ほどのツタが3本ありました。それは迫力ある大きさで何十年も手を付けられずにいましたが、幸い私には子供が三人いるので花入れを作り一本ずつ渡しました。私も何か残してやりたかったのです。
ツタは材木店で見ることはまずないし、ご厚意で時たま入手できるくらいです。おまけに、ねじねじで癖が強いので、結構に頭をひねることが多い。私には、ツタは刺激的な素材です。
栃は広葉樹の中では柔らかく加工が容易で、栃杢(とちもく)と呼ばれる美しい木目が入ることもあり人気の木です。器だけではなく家具や内装材として幅広く用いられます。また、水簸(すいひ)などの手間がかかりますが、栃の実は昔から食料にされてきました。
ところで、樹木を輪切りにすると年輪が見えますが、それだけではなく木の端の方は白っぽいのに対し中心部は色が濃いことにも気付くかもしれません。
その端を白太(辺材)、中心部を赤身(芯材)と呼び、かなり性質が異なるので使い分けることも多い。
木は樹皮に接する外側(白太)から活発に成長していくのですが、木の中心部(赤身)では成長は止まりそこに樹脂成分などがたまって濃いめの色を帯びるようです。
そして、木材の中では赤身部分が固くて丈夫ということで、通常の木地挽きでは赤身の材料が使われます。白太は若い細胞なので柔らかく腐りやすいなどの難点があります。ところが栃は、通常とは逆に白太を使う木です。栃の赤身部分は割れやすいので器づくりには向かず、処分されることが多い(ただし、用途によっては赤身も使用されます)。
木のなかには暴れる木があります。まさかアニメのように動き回ったりするわけではありませんが、加工した後も動く(変形する)木を意味します。伐採後も樹木の繊維は、温度や湿度の変化により膨張.収縮するので、その結果として変形するのです。私が使うのは広葉樹なので暴れる木なのですが、十分に乾燥をすれば落ち着きます。けれども、木の種類や切る所によって、乾燥に関係なく何年たっても動く木もあり頭の痛いところです。
そして、その逆に大人しい木は針葉樹で、例えばヒノキは狂いの少ない優等生の木です。専門家にもたたえられているので、その文を引用します。
『ヒノキは木目がまっすぐ通っていて、材質は緻密、軽軟、粘りがあつて、虫害にも、雨水や湿気にも強いことはよくご存じのとおりです。このヒノキを隅から隅まで使ったことが、法隆寺の建物を千三百年も持ちこたえさせた大きな理由です。』「法隆寺を支えた木 P46」西岡常一.小原二郎著 昭和53年発行 NHKブックス318
また、小原二郎氏は『*木の文化』で、木材の老化について、「ヒノキの500年間の老化はケヤキの100年間の老化に相当する」と述べています。老化に対する抵抗が大きい木なのです。
*木の文化 小原二郎著 昭和47年発行 SD選書67
このようにヒノキは優れものの木です。ただ針葉樹は柔らかくロクロ仕事には不向きなのですが、仕事によっては私も手掛けることもあります。
伽羅・沈香・白檀などは香木として有名ですが、ほかの樹木にも様々な匂いがあります。香りがいいヒノキはお風呂を作って楽しみますね。(腐りにくいという理由もあります)。
栗を削っていると、工房の空気を絞ればお酢が取れそうなくらい酸っぱい匂いがしてきます(脱いだ作業着までぷんぷん匂います)。
トチの木は、優しい匂いで香水入石鹸のようです。削りかすも淡いピンクできれいです。ほのかな匂いなので、あまり後に残りません。
強烈だったのは、クスノキです。友人からもらった未乾燥の生木のクスを削っていたら、樹液とともに防虫剤の樟脳(ほぼナフタリン)の匂いがそこらに飛び散りました。充満する強烈な刺激臭に鼻がひん曲がりそうで、私は洋服ダンスの中でのたうち回る害虫になった気分でした。
とはいえ、香りのある木ということで、かつては白檀の代わりに仏像づくりに用いられたそうです。
私は半世紀も木を加工し働いてきましたが、実際にはほんの一部しか分かっておりません。樹種やその木によって様子が異なっており、もはや個(木)性と言えるほどに多様なのです。周りの教えや自分の経験から少しずつ知識を蓄積してきましたが、本から学んだことにも助けられたと思っています。
次回は、『木の辞典』と私見をご紹介して、話を終わりにします。