漆の樹液

漆がしみだしてくる
漆の木からしみ出してくる乳白色の漆

「漆の樹液はどういう過程で漆器作りの漆となるのか?」というご質問を受けました。

その後ネットで要点のご説明をしましたが、今回は補足を加えて漆採取からの過程をご紹介しようと思います。

 


目 次

1, 漆掻き(漆の採取)   
2, クロメ、なやし(漆の精製)

3,漆漉(こ)し

4,刷毛、ヘラ

1,漆掻き(漆の採取)                       

まずは、漆掻きと言って、幹に傷をつけ浸み出してくる樹液を集めます。見出しの写真は、漆の幹から乳白色の樹液がにじみ出てくる様子です。少量なので細い金属のヘラで掻き取って、タカッポという容器に集めて回ります。漆掻きができるのは、6月から10月です。

漆の木は傷口から雑菌が侵入するのを防ごうと、身を守るために樹液(漆)を出しているのです。(ゴムの木の採取に似ています)それを器づくりに利用した先人の発見と知恵に、驚きながら感謝です。

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ところで、若いころ私は漆塗りの仕事をしていて、初めて扱う漆に戸惑っていました。(木地については、なじんでいましたが…)それでは、採集するところから漆を見てみようと、半年ほどですが東北に漆掻きの修行に行きました。上の写真は漆掻きの修行時につかった様々な刃物です。袋が黒ずんでいるのは、漆の樹液がシミになるためです。

 

 

2,漆クロメ、なやし

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上はクロメ鉢の写真で、手にしているのはヘラです。自分で行うクロメを手グロメといいます。手グロメの作業では、漆をこのような鉢に入れグルグルと根気よくヘラでかき混ぜていきます。


これは水分を抜く「クロメ」という作業と、漆の成分を均質にする「なやし」という作業を同時に行っているのです。数時間も混ぜていると、白茶た色をしていた漆の水分が抜けて、しだいに飴色に変ってきます。作業の終りは、長年の経験とカンで決めます。 

 

〈ちょっとティータイム 〉  こぼれ話    

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 漆の種類と呼名は様々で、採っただけの荒味からごみを除いた生漆(キウルシ)、素グロメ漆、塗りたて漆、ロイロ漆などなど。また、産地によって呼び方が異なることもあり、まれに業者間でも食い違いが起きます。(それだけ日本の各地で漆器生産が盛んだったのでしょう。)

3,漆漉(こ)し

この状態でも細かいゴミが混ざっているため、今度はこします。
縄文時代後期の中山遺跡(秋田県五城目町)では、漆を漉しすためひねった形のままの布が発掘されています。縄文時代の布の多くは、このような漆漉し布として発見されているので、縄文時代前期の布の出土も期待できるのだとか。


江戸時代半ば頃からは紙が普及してきて、紙で漆をこすようになりました。

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上の写真は漆こしの木製道具。                          左下にドンブリに入った漆、右は漆をこすたっぷりの白い紙の束

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紙の束にドンブリの漆をあける。

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紙をねじると、漆がポタポタ… 一見コーヒーキャンデイのよう                          紙が平らになるまでじわじわと取っ手を回し漉していく

 


◎いろんな漆

前回も少し触れましたが、技法や用途に応じ色々な漆が使われています
ほんの一例ですが、漆の幹から採取された樹液は荒味漆で、大きなゴミをのぞいただけの漆を生漆(キウルシ)といいます。生漆は下地に使ったり、木目を見せる拭き漆として塗っていきます。

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また、顔料などが加えられることもあります。写真は私が使用している漆の一部ですが、左は朱の顔料の入った色漆、真ん中は黒漆、右は素グロメ漆です。普段は用心のため漆名のメモを乗せています。
ざっくりと書きましたが、分かりづらかったら、申し訳ありません。

 

〈ちょっとティータイム 〉 民 話 … 木龍うるし、龍の淵

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そう言えば、「木龍うるし」「龍の淵」など昔話があり、かつて漆の木は身近だったのでしょう。東北では、漆の実から和ろうそくを作っていたそうです。

ところが、明治期になると殖産興業が掲げられ、外貨を稼げる絹織物のため養蚕が盛んになり、漆が切られ桑の木が植えられていったのです。
(以来、不足する漆を、中国から輸入するようになりました。けれど、近年は町おこしなどで、再び漆の植樹が行われるようになってきています)

二つの童話の内容はよく似ていて、ある兄弟の話です。兄はある淵に潜って漆が溜まっているのを見つけましたが、弟に取られまいと木で龍を彫り淵に沈めます。これで独り占めのつもりだったのですが、淵に潜ると、木で作られた龍が動き出し、欲深な兄は懲らしめられる、というお話です。(明治以前は漆が貴重な現金収入になっていたようです)

4、刷毛、ヘラ

自分なりに工夫して仕立てる漆ですが、塗る時には刷毛やヘラのお世話になります。

◎刷  毛

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現在刷毛屋さんは日本に数軒しかありません。歴史が古いのは、漆刷毛工房ひろしげ(九世泉清吉)さんです。以下そのホームページからの抜粋です。

1656年(江戸の明暦2年)日本で初めて漆刷毛に人 毛を用いること、人毛が最後まで通っている鉛筆型漆刷毛 を考案、現在の漆刷毛の形を作り上げた初代泉清吉から350年、わたくし九世、泉清吉はその伝統技術を受け継ぎ 毎日、毎日漆刷毛を製作し続けています。漆刷毛工房 ひろしげ  泉清吉http://urushibake.com/

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刷毛は毛を板で挟み固めています。鉛筆の芯を出す時のように、周りの板から毛を削り出して使います。刷毛は塗っているうちにすり減ってくるので、少しづつ削り出し短くなって終わりです。

ところで、以前自分の髪を伸ばして、それを泉さんに頼んで刷毛にしてもらったことがあります。しばらく髪を結ってちょんまげにしていたため、怪しい人物ではと不審な目を向けられ、冷や汗をかきました。

 

◎ヘ  ラ

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ヘラは塗るというよりも、主に漆を合わせたり、下地(漆を加え粘土状に固めたもの)を塗物に着ける時に使います。ヘラにする木は売っていて、桧や槇などの弾力性と堅さを併せ持つ木が使われます。弾力性ということで、クジラのひげも使われます。プラステック製もあります。

そして、自分の使い方に合わせ、ヘラを削って形を整えます。写真からも、長さや大きさが多様であることが、お分かりいただけると思います。