「針葉樹.広葉樹」のタイトルが樹木の分類のようで、ずっと気になっていました。それで、「針葉樹.広葉樹.木地師」の方が文の趣旨に合うと思い、タイトルを変更することにしました。迷走気味で、反省しております。
平井信二著 かなえ書房発行 1979年(昭和54年)発行
著者の平井氏は大正3年生まれ、
木材物理学の研究者であり日本木材学会長などの要職につき、木についての第一人者でした。
私が持っているのは第1集の1~7巻ですが、『木の事典』は第4集まで発行され全25巻になります。
50年くらい前ですが、私は3年ほどの塗師の修行を終えて、父の跡を継ぎ木地師になろうと木曽に帰りました。
木曽では小学生のころ、学校の行き返りにこんな話をしていました。「お前の父ちゃん、何の木を使ってる?」と一人がたずねると、「うちはケヤキとトチだなぁ」、「へぇ、俺んとこは栗が多そうだ」、「そりゃ変わってるね、うちじゃ…」とにぎやかでした。その当時は、桶屋さんなど木工に携わっている家庭がとても多かったのです。
知人に話すと、さすが木曾ならではの会話だね、と驚かれました。ですので、私は樹木になじみが良かったのですが、だからと言って「門前の小僧 習わぬ経を読む」程度の知識でプロの仕事はこなせません。
4,5回ほど、父の材木購入に同行しました。注文で木地を作っていたので、父は指定された材木を近場で買っていました。購入する市には原木が積まれ、こういう形状の木は木地挽きにむかないなど、何点か父からアドバイスを受けました。ところが、木曽は広葉樹の材が集まりにくかったので、私は名古屋に材木店を見つけ買いに行くようになりました。
ところで、独り立ちはある日急にやってきて、木地師の仕事は広範囲なので初めのうちは分からない事ばかりでした。樹木に対する知識はその一部分なのですが、『木の事典』を見つけ購入しました。何とか仕事の知識と技術を身につけようと、目につく資料をあれこれと読んでいました。
カード式の本なので必要なところだけパラパラ見ていると、木地挽き仕事につかえる樹木が意外に多く紹介されていて驚きました。とはいえ、注文主の塗師はほしい器の木地だけではなくその樹種まで指定します。よって、よく指定されるトチ.栗.ケヤキなど5種類くらいの樹種しか、私は使ったことがありませんでした。さらに、その残りの端材で夜に自分の漆器作りの仕事もしており、そんな経験から木地挽きに使える樹種はごく少数なのだと思い込んでいました。その頃は『木の事典』をふぅ~んと珍しく見ていた感じでした。

そして、木曽から伊豆に引っ越ししたころ、転機が訪れました。引っ越しを機に、注文の木地だけでなく自分の漆作品も販売するようになりました。そんな時、「余った材木がたくさんあるから取りに来な」と知人に声をかけてもらいました。そして、私は使い慣れた樹種だけを選び帰ろうとして、知人に呆れられました。「何やってんの、タダなんだから全部持って帰って、試しに使ってみなよ。」
なるほどと思い、たぶん10種類ほどの木を細工してみました。その時に樹種によってクセというか個性が明確にあることを実感しました。『木の事典』は頼もしい本になりました。このような経験などから、作品作りでは自分で選んだ木を使えるので、徐々に作りたい物に合わせて樹木を選択できるようになりました。
考えてみれば、お付き合いのあった塗師屋さんは、樹種を指定しても木そのものへの関心は低くそうに見えました。その頃は若造だったので私の意見など言えませんでしたが、もやもやと歯がゆかった記憶があります。
漆器の生地は木が多いですが、他にも紙.竹.陶器.革などを利用でき自由度は高いようです。ただ私の場合9割以上は木なので、器の根源は樹木にいきつきます。そして、「樹木という生き物のありようよって自分の仕事は影響を受ける」、今でもそれは難しいのですが、そこがかえって妙味かもしれないとも思っています。
考え考えしながら書いたので、読みにくかったかもしれません。すみません。樹木を利用した木地師の仕事を知ってもらいたいと、広範囲に林業のことまで書きました。仕事の根っこは、浅く掘っても思いのほか広い。物事は複雑で有機的に絡み合っていると、それに対し私程度で分かることはごくわずかだと、試行錯誤しながら書いていると改めてそう感じます。
ところで、昨今は環境問題がよく取り上げられ、脱炭素などついスケールが大きな話になりがちです。ですが同時に、自分の足元をしっかり見る注意深さが求められる気がします。
木地師を説明しようと書いてきましたが、人の営みと共にある身近な森林にも関心を寄せてもらえればと思います。例をあげるなら、国土の豊かな水資源も森林のおかげがあります。そして、漆器は森林からの恵みの一つであろうと、私は考えています。
長々と地味な話にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。